岡山地方裁判所 昭和56年(ワ)47号 判決 1983年2月23日
原告
中村千賀子
被告
株式会社ウキコ
主文
一 被告は、原告に対し金一、一〇〇、六五〇円、および内金一、〇〇〇、六五〇円に対する昭和五六年一月三〇日より、残金一〇〇、〇〇〇円に対する本判決言渡しの日の翌日より、各支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用はこれを七分し、その五を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。
四 この判決は、第一項にかぎり、仮に執行することができる。
事実
第一申立
一 原告
1 被告は、原告に対し金一、五六五、九七九円、およびこれに対する昭和五六年一月三〇日より支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行の宣言。
二 被告
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二主張
一 原告の請求原因
1 交通事故の発生
(一) 事故
昭和五四年一二月一一日午前一〇時三〇分ごろ、福岡市中央区平尾二丁目五番一一号先の国鉄筑肥線踏切東側手前道路上において、被告の従業員である訴外山崎文博は、被告所有の普通乗用自動車(福岡五七さ五二五五、以下、本件自動車という。)を運転して該道路を東から西に向けて西進中、該道路に交差する線路沿いの道路を北から南に向けて歩行し進行していた原告に衝突した。
(二) 受傷
原告は、右事故により、左膝部打撲傷、左膝関節血腫、左脛骨々折を負い、昭和五四年一二月一二日から昭和五五年二月二九日まで福岡市中央区平尾二丁目一九―一〇所在の佐藤外科クリニツク医院に八〇日間入院し、その後は同年三月一日より同月三一日までの三一日間(実日数一四日)同医院に通院し、同年四月三日より一二月三一日までの二七三日間(実日数九九日)は岡山市学南町二丁目六―一五所在の三愛病院に通院して治療を受けた。
2 被告の責任
被告は、右自動車を保有し、自己のために運行の用に供していた。
3 損害
原告は右事故により次のとおりの損害を受けた。
(一) 治療費 金五三、三九四円(三愛病院分)
(二) 入院諸雑費 金四〇、〇〇〇円
入院八〇日の諸雑費として金四〇、〇〇〇円以上を出費した。
(三) 休業損害 金五一〇、〇〇〇円(一日三、〇〇〇円、一七〇日分)
原告は、主婦であつて、家事労働に専念するものであるが、入院中ならびに退院後の昭和五五年五月末頃までは家事労働に従事することができなかつた。
(四) 慰藉料 金九〇〇、〇〇〇円
(五) 弁護士費用 金二四〇、〇〇〇円
4 損害の填補
原告は、右損害の填補として、自賠責保険金一七七、四二〇円を受取つた。
5 よつて原告は、被告に対し、自賠法三条に基づく損害賠償として金一、五六五、九七四円、およびこれに対する本訴状送達の翌日である昭和五六年一月三〇日より支払済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因事実に対する被告の認否
1 請求原因1(一)の事実は認めるが、同(二)の事実は不知。
2 同2の事実は認める。
3 同3の各事実は不知。
4 同4の事実は認める。
5 同5項は争う。
三 被告の抗弁
本件事故の発生については、原告の次のような過失も原因になつているのであるから、四割の過失相殺をすべきである。すなわち、
(一) 訴外山崎は、本件自動車を運転し、福岡県道五号線を福岡市中央区薬院方面から同市南区高宮方面に向つて進行中、前記踏切に差しかかつたので、同踏切前で一旦停車し、左右を確認し、原告が道路右端に立つているのを認めたが、自車の前方を横断する気配もなかつたので自車を発進させ、時速約五キロメートルで進行しはじめたところ、突然原告が走り出して横断しようとしたため、急ブレーキをかけたが間に合わず、原告の左下腿に本件自動車を衝突させた。
(二) 歩行者が横断歩道外で交差点でもない踏切敷地内を通行するときは、車両の動静に注意して横断すべき注意義務があり、特に停止中の車両の直前を横断する歩行者は、当該車両がすぐには発進しないことを確認して横断歩行すべき注意義務があるのに、原告は、右側の車両の動静に気をとられ、左側に停止中の本件自動車が発進することに全く注意せず、漫然と小走りで横断を開始した。
(三) 右は原告の重大な過失であるから四割の過失相殺がなされるべきである。
四 抗弁事実に対する原告の認否
抗弁事実は争う。すなわち、
(一) 本件事故現場は、南北道路と東西道路が交差する横断歩道のない交差点であつて、車両による通行者は、歩行者の動静に十分注意を払わなければならない箇所である。
(二) 原告は、訴外山崎の運転する本件自動車などの踏切の手前で一時停止した車両の前を、四、五人の者と一緒に手をあげて横断通行中、本件自動車を確認し、その前方中央あたりまで進行していたところ、本件自動車が急に発進してきたものである。
(三) かかる場合、車両の運転者は、歩行者の通行を妨害してはならない義務(道路交通法三八条の二)があるのであるから、歩行者は、車両が停止していることを確認し、該車両の運転者が右義務を遵守することを信頼して通行すれば足りるのであるから、それ以上に運転者の動静までを確認すべき注意義務はない。よつて、原告には本件事故発生につき何ら過失はない。
第三証拠〔略〕
理由
一 請求原因1、(一)の事実および同2の事実については、当事者間に争いがない。
二 そこでまず、原告の受傷と損害の発生について検討する。
1 成立に争いのない乙第二号証の一ないし一九、乙第三号証の一ないし四、原告本人尋問の結果(第一回)により真正に成立したことが認められる甲第一、二号証、および原告本人尋問の結果(第一回)によれば、請求原因1、(二)の事実を認めることができる。乙第三号証の一ないし四によれば、原告が岡山市の三愛病院に通院中、便秘症、右膝関節炎、腰部捻挫、皮ふ炎、耳介湿疹、右坐骨神経痛、感冒、胃炎等にも罹患し、治療を受けていることが認められるが、前記甲第二号証に照せば、原告が前示本件事故による傷害の治療も継続されていたことが明らかであるから、右認定を左右するものではない。また成立に争いのない乙第五号証によれば、昭和五五年三月一三日に同月末日には治療見込みとの診断がなされていることも認められるが、右は予測的な診断にとどまるものであつて、右認定を覆すに足りるものではない。他に右認定を左右するに足りる証拠はない。
2 原告本人尋問の結果(第一回)および同証拠により真正に成立したことが認められる甲第三号証の一ないし一一によれば、原告は昭和五五年一二月二二日までの三愛病院に対する治療費等として二八、二三五円を支払つていることが認められるが、成立に争いのない乙第一号証の八ないし一六によれば、前示余病に対する治療費も含まれていると推認することができ、その区別は必ずしも明らかでないが、少くともその八割に相当する二二、五八八円は本件事故による傷害の治療に要したものと推認するのが相当であり、原告には右治療費二二、五八八円の損害が発生しているものと認めることができる。また成立に争いのない甲第四号証によれば、原告はさらに二五、一六四円の治療費を出捐していることが認められるが、右出捐は原告が本件事故のため治療をなしたとする昭和五五年一二月三一日までの分をこえた昭和五七年までの治療費であることが明らかであり、同証拠をもつて本件事故による傷害の治療費と認めることができないのである。よつて、前示認定を越える原告の主張は失当である。
3 前示1の認定事実ならびに原告本人尋問の結果(第一回)によれば、原告は本件事故のため八〇日間の入院加療をなし、その間に相当額の諸雑費を要したことが認められ、右のうち一日あたり五〇〇円につき本件事故との相当因果関係を認めるのが相当であるから、入院諸雑費として合計金四〇、〇〇〇円の損害の発生を認めることができる。
4 前示1の認定事実と原告本人尋問の結果(第一回)によれば、原告は、専業主婦であるが、本件事故による受傷のため昭和五四年一二月一二日より昭和五五年五月末日頃までの一七〇日間は家事労働に従事することができなかつたことが認められる。昭和五五年の賃金センサス第一巻第一表、産業計、企業規模計、学歴計の女子労働者の平均賃金は、年間一、八三四、八〇〇円であるが、専業主婦にあつても右平均賃金相当の家事労働に寄与していることは明らかであるから、右家事労働に従事できなくなつた期間は少くとも原告が主張する一日あたり三、〇〇〇円の休業損害が発生していると認めることができる。したがつて、原告の休業損害は五一〇、〇〇〇円である。
5 原告が前示1の受傷と入通院により相当な精神的苦痛を蒙つたものであることは、容易にこれを認めることができる。右苦痛を慰藉する金額としては九〇〇、〇〇〇円が相当である。
6 以上のとおり、原告には合計額一、四七二、五八八円の損害が生じていることは明らかである。
三 そこで次に、被告が主張する過失相殺を検討する。
1 成立に争いのない乙第四号証の一ないし九、乙第六号証の一ないし八、証人山崎文博の証言、原告本人尋問の結果(第二回)、調査嘱託の結果を総合すると、以下の事実が認められる。
(一) 本件事故現場は、福岡市中央部に通ずる(幅員一〇・六メートルの県道五号線路上で、国鉄筑肥線踏切の北側にあり、右道路にはセンターラインと同踏切のための一時停止線が設けられている。また、右鉄道敷地の北側には東方に幅員三・一メートルの、西方に五・二メートルの小路があり、右付近は、県道と右小路との交差点をなしているが、横断歩道は設けられていない。また、歩行者横断禁止の交通規制もとられていない。右県道は、市街地にあつて交通量もひんぱんであるものの、右踏切手前を横断する歩行者は、通勤時間帯でなくてもかなりの量があり、午前一〇時からの一時間内に一五五人の横断者を数えた例もある。
(二) 訴外山崎は、本件事故発生の日時頃、本件自動車を運転し、右県道を南進し、同踏切手前の一時停止線で一旦停車した。その際訴外山崎は、踏切における列車の通過を確認したが、道路左右の歩行者については十分な動静確認をなさず、道路右端に人影があることは気付きながらも、自車を発進させ時速約五キロメートルで進行しはじめた。するとわずか一・三メートルばかり進行した地点で自車前方を横断歩行してきた原告を認め、急ブレーキをかけたものの間に合わず、さらに一・一メートル進行して自車前部中央付近を原告に衝突させた。
(三) 原告は、本件事故現場付近の県道を、前記踏切に沿つて西から東に横断歩行しようとし、道路西端で車両の通行状況を確認し、自己の手前にある北行車線の車両の通過が少く、その向う側の南行車線の車両が数十メートル連つているものの踏切のため一時停止している状態を確認して、先行する数人の歩行者の後から左手を上げて横断歩行をはじめた。そして訴外山崎の運転する本件自動車の前方付近まですすんだとき、本件自動車が発進してきたためこれと衝突したものである。右衝突地点は、踏切敷地と一時停止線との間である。証人山崎文博の証言中右認定に反する部分は、前掲各証拠に照し、措信できない。
2 右認定事実によれば、本件事故現場は前示交差点内ではないがその直近にあたり、横断禁止の規制がないため横断歩行者があるものの横断歩道が設けられていないのであるから、道路交通法三八条の二に定めるとおり車両等は歩行者の通行を妨げないように注意しなければならないが、右県道と小路の広狭の関係に照すと、広路である県道の車両の円滑な運行も確保する必要が認められ、歩行者にも相応の注意義務があると解さなければならない。これにより本件事故における双方の過失を検討すると、訴外山崎は、前示のとおり、交差点の直近である本件事故現場の道路右端に人影を認めながらその動静を確認することなく発進し、横断歩行してきた原告に自車前部中央付近を衝突させたのであるから、右方ならびに前方の安全確認を怠つた過失は重大である。一方原告は、交通ひんぱんな県道を横断する歩道でない箇所を横断する以上、車両の動静には十分注意し、少くとも北行車線を横断した後さらに南行車線の車両の動静を今一度確認し、もつて横断を遂げるべきであつた。原告は、これを怠り、漫然と本件自動車が発進しないものと軽信した過失がある。双方の過失を勘案すると、原告に生じた損害のうち被告が賠償すべき額を定めるについては、その二割を過失相殺するのが相当である。
3 そうすると、原告の前示損害の八割にあたる金一、一七八、〇七〇円が被告に賠償を求めることができる損害といえる。
四1 また、請求原因4の事実については当事者間に争いがないのであるから、原告の残損害額は一、〇〇〇、六五〇円となる。
2 右金額を請求する弁護士費用としては、被告に負担させる金額としてはその約一割にあたる金一〇〇、〇〇〇円が相当であり、この範囲内において本判決言い渡し後原告に損害が生ずるものとみることができる。
五 以上のとおりであるから、原告は、被告に対し、右損害合計金一、一〇〇、六五〇円および内金一、〇〇〇、六五〇円に対する本件訴状が被告に送達された日の翌日であることが記録上明らかな昭和五六年一月三〇日より、残金一〇〇、〇〇〇円に対する本判決言渡の日の翌日より、各支払済に至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求めることができる。
よつて、原告の本訴請求は、右の限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 大内捷司)